病床で生きる支えになる花と小鳥

アウシュヴィッツ収容所の””マロニエの樹””のエピソードをはじめて聞いたのは、学生時代でした。残虐極まりないユダヤ人強制収容所で、ある女性が病に倒れました。

瀕死の女性は、小窓から見えるマロニエの樹と話すことで生きながらえていたそうです。はじめて聞いた時は、聞き流していました。

当時、21、22歳で若く健康だった私は、死の床に付く人の気持ちを想像すらしませんでした。事故で足の機能を失った私は、ほぼ寝たきりだった時期がありました。

食べ物を母親に口に入れてもらう以外は、臥している毎日。なんのために生きているのか、と思わざるをえませんでした。

唯一のなぐさめが、早朝にベランダに遊びに来るスズメと寝室にある花でした。事故に遭う前は、動き回ることが大好きでした。

思い込んだらまっしぐら。鉄砲玉のように、あちこちを飛び回る人生を送っていました。当然、花を愛でる趣味などなく、サボテンすら枯らす不精っぷりでした。

寝室の花は、病院の近くの花屋でみずから買っていました。お見舞い用の花だけでなく、「忘れな草」が置いている変わった花屋でした。

忘れな草の花言葉は、「私を忘れないで」です。恋人に花を取ってあげようとして悲運の事故に遭った男性のいまわの際の言葉だそうです。

忘れな草は、淡い色の花が静かに咲いています。どこか悲しげにみえるたたずまいは、悲恋の逸話を持つ花だからでしょうか。

昔はカトレアや薔薇といった大輪の花が好きでした。事故に遭ってからは花の形が小さくこぶりな花を好むようになりました。

世間の片隅でひっそり生きている自分の暮らし。ひそやかに咲いている花を見ると、共感し、ほっとするのです。

病床にいると、殺風景な暮らしになりがちです。花があると、無味乾燥な日々に、ぱっと光が差し込むようです。

私は花に話しかけることはしなかったのですが、スズメにはついつい話しかけてしまいます。

早朝5時ベランダの手すりでぴいぴい鳴きながら、ジャンプしているスズメが来るのです。

餌付けした訳でもないのに同じぐらいの時間に来て、ぴいぴい鳴き出す可愛さに毎朝、ノックアウトされます。「可愛いね」と思わず、話しかけてしまいます。

花や小鳥、病床にいる人間にとって、生きる支えであり、かけがえのない癒しなのだと思います。