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18世紀ロンドンの見習いたち

レオン・ガーフィールド作の「見習い物語」を読みました。この本も岩波少年文庫です。いやぁ、少年じゃないのにお恥ずかしい。でも岩波少年文庫は名作しかないからはずれがありません。本当なら少年か少女の内に読んでしまわなければならなかったのだけれど、ついつい読みはぐれてしまった。そんな名作を今でもこっそり読んでいます。

「見習い物語」は、十八世紀の半ばごろ、ロンドンの下町のいろんな職業の見習いの子どもたちを主人公にした連作短編です。職業は本当に色々です。たとえば一作目が点灯夫って職業なんですけど、聞いたことあります?街灯に火を灯す仕事です。それからポピュラーなところで産婆、質屋、印刷所、ペンキ屋。変わったところでかつら用の髪を売買する商人なんかが出てきます。歴史小説の得意な作家さんだということで、生きてたのか?と思うほどのリアル感。

18世紀中ごろのロンドンっていうと、光と闇の時代ですよね。商業的にも栄えてましたし、劇やオペラなんかのエンターテイメントもたくさんあって、旅行者の外国人が他の国の都と比べて驚くほど明るいというほど夜も明るかったとか(例の点灯夫の灯すガス灯の明かりです)。でも一方で衛生状態が悪くて病気にかかることも多かったし、何しろお手洗いがこのころまだきちんとしてなかったんですよ。便器に用を足してそれを窓から投げすてたり(何故窓から?って感じですが。上下水道整ってないにしてもこっそり穴掘って埋めるとかなかったんでしょうか)していて、道路とかやばいくらい汚かったそうです。歴史の資料集に出てくる煙突掃除の子どもの絵、あれはこのころの時代ですね。子どもの死亡率が高くて生まれた赤ちゃんの半数が二歳にならずに死んだそうです。

そんな勢いもあったけれど問題もあった時代を、親元を離れて親方のところで修業する子供たちの友情やら恋やらのお話なんですが、これが実に面白い。女の子も男の子も、端役で出てくるおじさんもおばさんも、強かで元気がよくて、勢いがあります。季節感とか当時の風習なんかもうかがえて、そういう面でも興味深いですね。今ひとつマイナーな作品ではありますがまちがいなく良書なので、ぜひご一読を。恥ずかしいならお子さん、姪御さんへのプレゼントを言い訳に買って、自分で一足先に読んでみてください。あげたくなくなりますよ。

おしゃれオフィスのビジネスマン

新しい建物には独特の匂いがありますよね。新しい塗料の匂い。ビニールコーティングされたキャビネットの匂い。新品のカーペットの匂い。エレベーターの床に張られたブルーシートの匂い。完全にいい匂いというわけではないところがかえって好きで、新しいビルに入るとこっそり匂いを吸い込んでしまいます。

今日、新しい建設途中のビルの中に入りました。まだ業者の方が壁を塗ったり、なんだかよくわからない器具を取り付けたりしている中を説明を受けながら歩き回りました。最近のビルはあれですね。なんていうか、木目とかそういうのがすっごいですね。木目調の場所ってなんだかいるだけでリラックスしますけど、そういう効果がビルにも大きく取り入れられていて、たとえばエレベーターの中や受付のホールにもたくさん木が使われていてとてもあたたかいイメージ。照明も、一昔二昔前のビルだと蛍光灯のいかにも冷たい光ですけど、最近のビルはあたたかい色をしています。エスカレーターとかお手洗いとかはそれほど明るい照明を使っていないし。オフィスビルなのにまるでカフェですよ。おしゃれカフェ。ここは吉祥寺ですか?みたいな。でも実際に仕事をしたりするスペースは作業効率のことなんかあるのか普通の蛍光灯でした。それでもたとえばキャビネットなんかの天板が木目なんですよね。全部金属じゃないんですよ。いやぁ、おしゃれ。おしゃれオフィス。デザインという言葉がビジネスの世界にもガンガン陣地を広げてきてます。こんなデザイン性にすぐれた北欧家具のショールーム風のオフィスだったら下手にケンカもしなそうですね。人が入って朝から晩まで過剰な業務に追われながら暮らし始めたらきっとおしゃれ感は半減、じゃすまないかもしれないな、激減するでしょうけれど。

暮らす場所の美しさと暮らす人の精神状態とには関わりがあるといいます。少なくともインテリア雑誌とか、片付けの本なんかにはそう書いてありますね。すっきりした部屋のすっきりした心。おしゃれなオフィスのおしゃれなビジネスマンとビジネスウーマン。果たして仕事の出来はどうなのか。そいつもおしゃれに決められるのか?気になるところですが。兎にも角にも現代っぽいですね。

消火器という商品

そんな事態にならないほうがいいことは確実なのだがちょっと使ってみたいものがある。消火器である。最近は色々なところに消火器が設置されているし、きちんきちんと防災訓練が行われているからその中で消火器の使用訓練もあるのだけれど、どういうわけだか消火担当は男性に割り振られていることが多い。別に手をあげてやれないことはないだろうが、そこまでの積極性を示すのもなぁ、などとぐずぐずためらって未だにやれずにいる。

消火器は命にかかわるようなものだけれど、これもある種製品であって、消火器工場があり、消火器小売業があるのだとう、と思うと不思議な気がする。

日本で消防が制度化されたのは明治6年で、13年には内務省下で本格的に体制が整備されたそうだ。もっとも色々製品が開発されて業界が盛り上がったのはもっと先のことらしいけれど。業界としての消火器業界というのは、消火・防災装置製造業ってことでくくってあるらしい。あんまり伸びる業界ではなく(まぁ流行り廃りがあるようなものではないから)、でもメンテナンスとかの需要があるのでわりと堅調らしい。法改正の影響を受けやすいのが特徴だとのこと。業界の売上なんか考えてみると、建物についた火災報知器とかスプリンクラーとか火災監視と制御システムを併せ持った総合消防システムみたいなものが占めていて、昔懐かしの消火器はそうでもないようだ。なんだかさみしい。

ちょっと驚いたのが消火器のリサイクルの話。なんでも平成14年に消火薬剤のリサイクル使用について整備が行われて、再生消火薬剤を使用したリサイクルのエコな消火器が販売されたとのこと。エコの波が消火器にまで及ぶとは。消火器一本当たりの再資源化率が、制度が始まる前は約4割であったのに、リサイクル制度が始まってから2年後の16年には100%になったという。すごい影響の速さ。

経済産業局の都道府県別の消火器具・消火装置製造業の地域分布を見ると神奈川と大阪が従業者数も製造品出荷額も多い。三位が兵庫なのだけれど、従業員数はそれぞれ兵庫の二倍、製造品出荷額も倍以上だ。何故大阪と神奈川なのか、というとやはり大都市は地下街などが多いため需要が多く、その需要に合わせて業者も都市部に多いのだとか。なるほど、言われてみればうなずける。

消火器を業界で見るのも面白いものだ。

人生を変えてしまった事故

病気や障害を抱えながら生活している人の手記や闘病記などを、むさぼるように読むようになって、半年が経とうとしています。

やり甲斐のある仕事で能力を認められ、昇進。人生の絶頂期にあった10日後に事故に遭い、足が不自由になってからのことです。

昇進した喜びから、手足の機能を失うというどん底にたたき落とされた時は、自殺さえ考えました。

身体中の筋肉が硬直し、激痛が続くなか、「今日が無理なら、明日死のう。」と泣きながら考えたものです。

ある日、強い鎮痛剤ですら効かない激痛に耐えかねて、ベランダに飛び出しました。死ねば、痛みが終わるだろうと、飛び下り自殺をしようとしたのです。

ずるずるとベランダの手すりに身体を擦り付けて、いざ飛び下りようとした時。マンションに真下にある花壇が目に入りました。

手入れの行き届いた綺麗な花壇でした。真下に飛び下りたら、綺麗な花壇を汚すことになると思った瞬間、「生きたい」という本能が湧きあがってきました。

あんなに死にたいと思っていたのに、急に生に対する執着心が吹き出したようでした。「わずか28歳で死ぬものか!」とベランダからはい出て、鎮痛剤を取りにいきました。

生きたいという執着心が出て来てからです。他の人はどうやって痛みに耐えているのだろう?死にたくなるぐらいの激痛の時に、どうやって前向きに闘病しているのだろう?先人たちの歩んできた道を知りたくて、闘病記や手記を集めるようになりました。

闘病記を読んでいくと、生きる意味や人生について考えてさせられます。死の淵で書いた詩集や、ガンの苦しみに耐える闘病記録は、暗くネガティブなものに思われがちです。

しかし、どの手記も、どこかエネルギッシュで生きようとする力を強く感じます。死や痛みは、今まで気がつかなかったものを気がつかせるものです。

仕事しか頭になかった日々では、向き合おうとしなかった「素の自分」と対峙するようです。どの手記も、生きるか死ぬかの切羽詰まった状況でしか、湧きあがってこない凄まじいエネルギーがあります。

しかし、そのエネルギーのなかに、繊細な感受性を感じるのです。内科の医者だった井村和清氏の「再発」と遺稿集があります。

ガンの転移がわかり、アパートの駐車場に車をとめた時。世の中が輝いてみえると遺しているのです。「犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが美しく輝いてみえるのです」情景が目に浮かぶような文章に、穏やかな感動をおぼえました。

病や障害は、感受性を目覚めさせてくれるのでしょう。元気な時は気にもとめなかったありふれた日常からも、温かい感動を覚えます。その意味では、私から全てを奪った事故に感謝しなくてはいけないかもしれません。

気心の知れた友達との女子会

最近、女子会が話題になっています。仲の良い女友達とご飯を食べながらガールズトークに花を咲かせる。女性が楽しい時を過ごせる瞬間でもあります。
私自身も、学生時代からの友達との女子会は楽しみにしている時間です。最近、気心許せるアラサー女性たちと、こんな話題になりました。

ガールズトークにも「正解」や「模範解答」があるというのです。女性同士が仲良くなるために欠かせない、ガールズトーク。
特に恋愛に関する話題は定番です。「好きなタイプの男性って!?」「彼氏はいる!?」一連の流れのような、質問リストのようなものが女子の間には存在するものです。

アラサーにもなると、受け答えひとつに女子の品格が現れてしまうもの。今後の人間関係のためにも、なかなか気を抜けないところです。
特に関西圏では小さな「笑い」「オチ」を盛り込むことも大切。「ボケ」られたら、きちんとツッコむのも関西女子の間では、暗黙のルールなのです。

関西で生まれ育った私は、関西ならではの女子のルールにどっぷり浸かっています。ボケはバレーボールでいうところのトスです。いかにツッコミというアタックをしやすいように、話題を振るかが腕の見せどころです。

サッカーのように、いかに綺麗なパス回しをしていくかが、女子会の会話の成否を決めていきます。
女子同士のジャッジは厳しいもの。気の効いた受け答えや、良いパスは「デキル女子」。タイミングがずれた会話は「空気読めない」と噂されてしまいます。

共通の知り合いの悪口も、女子会では時にはおいしい話題になってしまうのです。その点、気心知れた間柄は楽です。この子はこうボケるな、この子はこうツッコミ入れるなとパターンがわかってきます。
なんの苦労もなく、楽しく会話のキャッチボールができるのです。少々のミスも無礼講だし、喧嘩もお酒の肴になってしまう間柄だってあるでしょう。

模範解答が要求される気の抜けない女子会は、やっぱり疲れてしまうもの。女子会は気心知れた友達とするに限ります。
恋人や家族と過ごす時間も大切だけど、友達との時間も何者にも変えがたいものです。おばあちゃんになっても「女子会」しよう、と冗談を言い合える友人の存在は、私の宝物です。

お気に入りのヘアサロン

私は長い間、ヘアサロンをお試し価格で渡り歩いてきました。
今のサロンに定着したのは3年前。
今までのヘアサロン浮気遍歴がうそのように、今のヘアサロンの行きつけのお客になっています。

結局、今のヘアサロンに落ち着いたのは担当の美容師と「猫好き」という共通点があったからでした。
私は大の猫好きなのですが、重度の猫アレルギーなのです。
花粉症の治療で、アレルギー検査をしたところ、「ちょっと触るぐらいならいいが、飼ってはダメ」と言われてしまいました。

何年も「猫を飼いたい、でも飼えない」という葛藤でもんもんとしていた時に、今のヘアサロンの前を通りました。
私好みの綺麗な三毛猫が、ヘアサロンのガラス越しにじっとこちらを見ていたのです。
「かわいい~!」と見とれていると、中から美容師さんが「どうかされましたか?」と声をかけてくれたのです。

ちょうど髪を切りたかったので、中に入りました。
髪を切っている最中、美容師さんに言われました。
「やっぱりね、お客さん猫好きだと思いました。すごい勢いでうちの子(猫)のこと、見てたから」

出会いから3年、看板猫の三毛猫はいつ行っても、かわいい顔で迎えてくれます。
カウンターにちょこんと座って、お見送りしてくれるのがなんともいえない可愛さがあります。
たまに他店に浮気しますが、可愛い猫ちゃんたちに会いたくてすぐに戻ってきてしまいます。
猫なりに自分の可愛さを理解してて、演出してるのかなと思ってしまいます。

毎年どんどん猫が増え、毎年届く年賀状にはいつも「仲間が増えました」と書いています。
行くごとに猫が増えているのも、私のような猫好きのお客にとっては楽しみなのです。
次は他店に乗り換えようと思っても、年賀状の写真のあの猫に会いたいと思ってつい足を運んでしまいます。

女性にとってヘアサロンは日常の嫌なことから解放される癒しの時間です。
ヘアサロン側は価格や技術があって、リピーターが来ると思っているように思います。
お客側である私からすれば、居心地や美容師の人柄などが、太く長いリピーターを作るのだと思います。

梅雨が近づき、くせの強い髪の私は、そろそろカットしないといけません。
あの子に会いに、またヘアサロンに行こうと思っています。

生き抜く強さ-ケニア ダダーブキャンプで会った子どもたちの姿

日本は飢えて死ぬことのない豊かな国だといわれています。
子供が食べ残しするのを見て「食事も食べられない子がいるのよ!」と怒るお母さんは多いはず。
途上国=飢え、かわいそうな子供たちのイメージがあります。

しかし、実際に途上国を訪れると「かわいそう」というイメージは一変します。
難民キャンプを訪れた体験談を語りたいと思います。

私は訪れたのは”難民キャンプ”、ケニアのダダ-プキャンプと呼ばれる最大のキャンプです。
隣のソマリアが戦争下にあることで、ソマリアを逃れて逃げてきた人たちが暮らしています。

よく誤解があるのですが、難民=貧しい人ではありません。
戦争や迫害で国内のどこへ逃げても、逃げ場がなく、国境を越えて避難してきた人たちです。
国境を越える道のりは決して平坦なものではありません。いつ兵士に殺されるかわからない不安感と闘いながら、逃げてきます。

ちなみに難民の8割は女性と子供です。
一家の大黒柱である男性は、兵士として戦場に行ってしまうケースが多いのです。
女子供だけで修羅場をくぐってきた人たちなので、たくましい印象があります。

難民キャンプを訪れた時に、子供たちの目線が意外と鋭かったり、必要以上にべたべたしてくるのが印象的でした。
心理学を学んだスタッフに聞くと、一見、相反する両方の行動は発するところは同じだそうです。

目線が鋭い子供は「この人、何者!?いい人、悪い人?」と探っています。
やたらめったら遊んでほしがる子供も、基本的に同じことを考えています。遊びながら、いい人か悪い人か試しているようです。

難民キャンプで過ごすうちに、慣れない環境と水の悪さに下痢で寝込んでしまった私。
キャンプでの子供たちをまとめるガキ大将に、日本人は弱っちいなと笑われてしまいました。
飢えで苦しむかわいそうな子供たちというより、生き抜くための知恵に長けてる子供たちでした。

もちろん、難民キャンプではマラリアに感染して亡くなっていく子供たちがたくさんいました。
原因は飢え。極度の栄養失調で苦しみながらも、生きようと必死に呼吸する赤ちゃんを見ました。
最近、若者の生きる力が落ちたといわれています。

少し上司に怒られただけで会社に出て来なくなる、繊細な人が増えたのだそうです。
難民=かわいそうな人と思っている日本人。逆境で生き抜く力では彼らに負けているかもしれません。

「環境に嘆いている暇があったら」

逆境にありながらも、希望を捨てないことほど難しいことはありません。
しかし、逆境を逆境とすら思わず、世のため、人のために生きた人たちがいます。

「かくなれば かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」

明治維新で活躍した伊藤博文・高杉晋作さを輩出した、松下村塾の指導者である吉田松陰の言葉です。
吉田松陰はわずか30歳で、獄中で命を落としたとされています。

このまま行けば幕府につかまってしまう。命を落とすことになるかもしれない。

こうなればこうなる、という図式は彼の中ですでに予測はついていたのだと思います。
しかし、自分の信念を曲げることができなかったのです。
やむにやまれむ大和魂、男の信念が志を曲げることを許さなかったのでしょう。

獄中でも吉田松陰は、囚人にものを教えて続けていたといいます。
「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし、生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし」
この言葉を体現するかのように、断頭の露と消えてしまったのです。

しかし、死してなお、彼が教育者として成したことは塾生に受け継がれました。
はたして松下村塾のトップであった吉田松陰に叶うリーダーたちのような人材は、日本に誕生するのでしょうか。
自分と自分の家族のために生きることはできても、国のために人生をかける覚悟がある人がいるのでしょうか。

孔子は良き政治とは「自分の修養を積み、万民を安らかにすること」だと弟子に答えています。
国のために奔走する国士がいなくなったと言われて久しいです。
消費税増税が議論されているなか、万民を安らかにするのではなく、逼迫するのが政治なのかと思いたくもなります。

孔子の時代のように、飢えて死ぬ人もいない。
吉田松陰が生きた時代のようにに、政府と考え方が違うからと、刑務所に行くこともない。
昔の人から見たら豊かな時代かもしれません。

禅の言葉に「随所において、主(あるじ)たらしめん」という言葉があります。
環境を左右されず、自分が環境を支配せよという意味です。
政府に文句ばかり、現状を嘆いてばかりいる私の姿を、禅僧が見たらどうでしょう。
嘆いている時間があれば何か行動せよと、喝を入れられてしまうかもしれません。

地元で起きた事件。

今日はゆっくりとmixiで友人のつぶやきを見る事にしました。
友達登録をしているのは、ほとんどが地元の友人達です。

現在は年に一度程しか会う事が出来ませんが、コメントや日記などを見ていると友人がどんな状況なのかスグに判ります。

今日も面白い事が無いかと色々と見ていると…。
まさに『危機一髪』だと思える日記を書いていた友人が居ました。
その友人は小学生の頃からずっと同じ学校に通っていた友人です。

友人は仕事も休みだったらしく、大阪の心斎橋へ出かけていたそうです。
たまたま服を買いに向かったそうですが、何だか良い物が見つからずその場を離れる事にしたそうです。

そしてそろそろお昼ご飯を食べる時間だと思い、コンビニに入る事に…。
コンビニに入ると同時に読みたい本があり、夢中で本を読んでいたそうです。

そして本を読み終えもう一度外の通りに出ると…。
ついさっきまでその現場で通り魔殺人が起こったそうで、そこには人だかりが出来ていたそうです。

警察や消防局の救助隊などもたくさん集まり、凄い事になっていたそうです。

「もし俺も外に居たら狙われていたのでは?」と思ったそうですが。
本当にその通りだったら恐ろしい事になっていたと思います。

実際に被害にあった男性と女性は二人とも亡くなってしまったのです。
通り魔の犯行を行ったのは36歳の男性だったそうです。

そしてその男性の犯行目的は「自殺をしようとしても、死に切れなかったから殺人を犯した」と言う何とも迷惑な犯行目的でした。

自分で自分の命を絶つのであれば、それは一人の責任になります。
しかしその為に誰かを巻き添えにするのは、本当に最低な事だと思います。

私の友人も今日はスグに家に帰ろうと思い、そのまま帰宅したそうです。
後からニュースを見て犯行の内容を知ったそうですが、とても驚いていました。

友人は犯行の現場を見た訳では無いそうですが、現場ではかなりの人の叫び声が聴こえて居たそうです。
あまりに立ち読みに集中し過ぎて判らなかったと言う友人もある意味凄いと思いました(^^;)

私もよく地元に居た頃は、心斎橋に出掛ける事がありました。
これと言って命に関わる事件はありませんでしたが、確かに物騒な町ではあると思いますね。

今回被害に遭われた方の一人は、たまたまミナミでライブがあったらしく…。
それに参加をしようと足を運んだそうです。
まさかこんな事件に巻き込まれるだなんて思っても居なかったと思います。

被害に遭った方の事を考えると、本当に腹の立つ事件でしかありません。
今後こんな事件が増えない事を祈るばかりです。

今更だけど面白い物。

最近私はとても懐かしいゲームを購入しました。
それは私が小学生の頃に流行っていた『遊戯王』のカードゲームです。

遊戯王とは週刊少年ジャンプで人気になった漫画です。
ストーリーの中で主人公はカードバトルをして行くと言う、何とも男の子には嬉しい漫画だったと思います。

実際に私の周りで遊戯王をしていたのは、男の子ばかりでした。

漫画で人気が出た為、ストーリー内で使われていた遊戯王カードが実際に販売される事になりました。
そしてそのカードを何十枚も購入し、私達はいつもそれで遊んでいました。

遊戯王のカードバトルはとてもシンプルな物で、カードに描かれたモンスターの攻撃力や守備力で競う遊びです。
そしてそれに更に魔法などの効果や罠などを張る事が出来るのです。

小学生の頃は罠や魔法などをうまく使い当たり前に遊んでいたと思います。

そんな事を思い出しながら、ポータブルゲームで遊べる遊戯王のソフトを購入しました♪
今更カードを購入しても周りにはもう持っている人も居ないからです(^^;)

ゲームならばカードが無くても、対戦相手が居なくてもゲーム内で遊ぶ事が出来るからです。
久しぶりに自分の好きなカードを組み、コンピューター相手で対戦していると…。
かなり難しく感じてしまいました。

小学生の頃は何も考えなくても簡単に勝っていたと言うのに…。
なぜか戦略が全く思い浮かばないのです。

今はコンピューター相手で遊んでいる為、相手の戦略やレベルなどが判りますが。
もしも今の小学生とバトルするとなると、絶対に負ける気がします。

小学生の頃の頭の回転は、今とは全く違うものなのでしょうね。
ゲームや遊びに関しては子供の頃の方が優れていると言いますしね。

そんな事を考えながらずっと懐かしい遊戯王で遊んでいたのですが…。
この懐かしさと喜びを誰かに伝えようと思い、私がいつも利用しているmixiに「遊戯王面白い!」と書き込むと…。

なんと私の周りの友人達もゲームを購入し遊んでいたそうです。

「今更何やってんだよ!」と言うツッコミを期待して書き込んだのですが…。
まさか「同感!」と言う言葉が返って来るとは思いませんでした。

遊戯王世代だと言われた私達だからこそ、今もその面白い魅力に囚われているのかもしれませんね。

それとも単に私達の遊びのレベルが進歩していないのか、それだけが判らないところです。
今度友人達に会った際には、一緒に勝負が出来たら良いなと思います。

見た目で傷付く一言とは。

見た目に関して『女性が言われて傷付く一言』と言うランキングを見ました♪
やはり私も女性なのでこういったランキングなどは気になってしまいます。

そして気になるランキングの1位は「俺の方が胸あるんじゃない?」と言う胸の小さい女性に対する一言でした。

私も胸が小さいのでこれは言われると腹が立つと共感してしまいました。
だからと言って私はこれを言われて傷付いた事がありませんでした。

なぜかと言うと別に「仕方無い」と思ってしまうからです。
今まで付き合って来た恋人の中には一人だけ異様にその事を言って来る人が居ましたが。
「それがあんたの彼女だよ」と言うといつも頭を抱えていました。

そんな軽いやりとりで終わるだけなので、何も傷付く事はありませんでしたが。
女性の中には言われて傷付く方も居るのだろうと思います。

コンプレックスは女性だけでは無く、男性にもあるでしょうしね。

しかしランキングの中でもう一つ面白い項目を発見してしまいました。
それは「女芸人の○○に似ているね」と言われる事だそうです。

女芸人と言っても今ではたくさんの方が居ます。
誰に似ていると言われるのかは人それぞれだと思いますが…。
私も自分で自覚している程、似ている女芸人が居ます。

それは『オセロ』の松嶋さんです。
小学生の頃に担任の先生に言われたのが最初でした。

その当時は「喋り方やしぐさがそっくり」といつも言われていました。
中学生に上がり化粧をするようになると…今度は同級生に「顔が似てる」と言われるように。

そして高校生になった時には、初対面の人には必ず「芸能人の誰かに似てるよね」と言われるようになりました。
名前を言っても判らない方も居る為「オセロの白い方でしょ?」と言うと「そうそう!」と納得されるのです。

言われ始めた最初の頃は誰かに似ているって言われる事自体が嫌でしたが。
私自身オセロの松嶋さんが好きなので、別に嫌では無いと思うようになりました。

むしろプロフィールを書く時などの『似ている芸能人』と言う欄には、必ず書くようにしています(^^)

歳をとればとる程似てくると言うものどうかと思いますが…。
あんなにテレビでも明るく振舞う人に似ていると言うのであれば、そのままの自分で居ようと思ってしまいますね。

傷付く一言って人によっては全く違う物だと思いますが…。
意外と私自身傷付く一言と言うのが、あまり無いのだと思います。
楽天主義だからか能天気だからなのかは判りませんが。

その分人の傷付く事を言ってしまう事もあるので、それだけは注意をしようと思います(–;)

今週の校閲道場(ヨリモより)

サクサクッと行きましょう。
今週の校閲道場です。

5月14日の問題です。
「昭和を彩った、次の三つのフレーズのうち、昭和40年代の流行語でないのはどれ?」という問いでした。
ウーマンリブ/団塊の世代/昭和元禄

正解でした。
答えは「団塊の世代」です。
なんとなくで答えました。
この言葉を聞くようになったのは割と最近のような気がしています。
そんな勘で答えてみたら、全然最近ではありませんでした(笑)。
昭和51年の『団塊の世代』(堺屋太一著)によって広まったそうです。
51年は私が生まれた年です。
つまり、35~36年前に広まったから最近ではありませんね…。

5月16日の問題です。
「「感に堪えない」の意味として正しいのはどれ?」という問いでした。
非常に感動する/非常に値しない
感情に流されないよう我慢する/感情が少しもわきあがらない

私は「感情に流されないよう我慢する」を選びましたが、答えは「非常に感動する」でした。
耐えるではないんですね…。
「~に堪えない」は否定ではなく、抑えられない意味を示すそうです。
つまり気持ちが抑えられない=非常に感動するだそうです。
ちなみに、「感に堪える」と「感に堪えない」は全く同じ意味だそうです。
なんだか紛らわしいので一つにしてください!(笑)

5月18日の問題です。
「「○の○の言わずに仕事しなさい」。「○の○の」は「つべこべ」と同じ意味です。○に入る数字を合計すると?」という問いでした。
7/8/9

これは簡単ですね~。
知らない人はあまりいないのではないでしょうか?
答えは「9」です。
「四の五の言わずに~」とはよく使いますよね。
10代や20代前半だとあまり使いませんかね?
定かではないですが、ばくち用語から来ているという説もあるようです。