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18世紀ロンドンの見習いたち

レオン・ガーフィールド作の「見習い物語」を読みました。この本も岩波少年文庫です。いやぁ、少年じゃないのにお恥ずかしい。でも岩波少年文庫は名作しかないからはずれがありません。本当なら少年か少女の内に読んでしまわなければならなかったのだけれど、ついつい読みはぐれてしまった。そんな名作を今でもこっそり読んでいます。

「見習い物語」は、十八世紀の半ばごろ、ロンドンの下町のいろんな職業の見習いの子どもたちを主人公にした連作短編です。職業は本当に色々です。たとえば一作目が点灯夫って職業なんですけど、聞いたことあります?街灯に火を灯す仕事です。それからポピュラーなところで産婆、質屋、印刷所、ペンキ屋。変わったところでかつら用の髪を売買する商人なんかが出てきます。歴史小説の得意な作家さんだということで、生きてたのか?と思うほどのリアル感。

18世紀中ごろのロンドンっていうと、光と闇の時代ですよね。商業的にも栄えてましたし、劇やオペラなんかのエンターテイメントもたくさんあって、旅行者の外国人が他の国の都と比べて驚くほど明るいというほど夜も明るかったとか(例の点灯夫の灯すガス灯の明かりです)。でも一方で衛生状態が悪くて病気にかかることも多かったし、何しろお手洗いがこのころまだきちんとしてなかったんですよ。便器に用を足してそれを窓から投げすてたり(何故窓から?って感じですが。上下水道整ってないにしてもこっそり穴掘って埋めるとかなかったんでしょうか)していて、道路とかやばいくらい汚かったそうです。歴史の資料集に出てくる煙突掃除の子どもの絵、あれはこのころの時代ですね。子どもの死亡率が高くて生まれた赤ちゃんの半数が二歳にならずに死んだそうです。

そんな勢いもあったけれど問題もあった時代を、親元を離れて親方のところで修業する子供たちの友情やら恋やらのお話なんですが、これが実に面白い。女の子も男の子も、端役で出てくるおじさんもおばさんも、強かで元気がよくて、勢いがあります。季節感とか当時の風習なんかもうかがえて、そういう面でも興味深いですね。今ひとつマイナーな作品ではありますがまちがいなく良書なので、ぜひご一読を。恥ずかしいならお子さん、姪御さんへのプレゼントを言い訳に買って、自分で一足先に読んでみてください。あげたくなくなりますよ。

快適な時間を提供してくれる、ブラックキャブ

最近、タクシーを利用することが増えました。しかし「この道は遠回りなのに・・」と思うこともしばしば。
最短距離を行ってくれたらいいのにと思いつつも、全ての道を覚えるなんて不可能、仕方ないなと諦めていました。

しかし、市内の全ての道を覚えて、最短距離で走っているタクシーがあるといいます。
オリンピックを控えた、ロンドンを走る「ブラックキャブ」です。

名前の通り、レトロな黒い車体のタクシーが目印です。
ロンドン市内の道、全てを暗記しているタクシードライバーだけが採用されるようです。

試験も難しく、ブラックキャブのドライバーになるための予備校もあるぐらいだそうです。
予備校では、全てのルートを暗記するだけではなく、目的地までの最短距離を暗記するとのこと。

スゴイ!の一言です。

日本のタクシーは、最短距離で目的地まで行ってくれることは案外少ないもの。
少しでも安くしたいお客からすれば、最短距離じゃないルートは損した気分になります。

日本にも導入してほしいサービスですね。

タクシーで気になることは、ドライバーさんの接客態度。
タクシーは密室なので、お店などより距離が近くなります。
マナーや態度が気になってしまうもの。

足が不自由な私は、乗車がとてもゆっくりした動きになります。
たまに早く乗って!と急かされ、さすがにムッとする時があります。
障害者用の介護タクシーを使うようになってから乗り降りを急かされてしまうことはなくなりました。

ですが、タクシーのドライバーさんの態度ひとつで、嫌な思いをすることがあります。
先ほどのブラックキャブのドライバーは接遇に関しても、教育を受けているようです。
お客さんが快適に過ごせるように、配慮してくれるのです。

ロンドンに留学した友人によると、ブラックキャブのドライバーは、とても気さくだったそうです。
つたない英語であっても、一生懸命理解しようとしてくれたとのこと。

ロンドンに来てくれてありがとう、楽しい時間を過ごしてねと笑顔で話しかけてくれた時、見知らぬ街に来た不安が少し消えたんだそうです。
もし、ブラックキャブのドライバーが変な人だったら、留学にめげていたかも。そう言っていました。

たかがタクシー。
でも、接客態度ひとつで人をほっとさせたり、怒らせたり。
タクシーは単なる移動手段ではなく、お客様とドライバーの小さな出会いだからかもしれません。

すぐに伝えたい、お礼の言葉

事故の後遺症で、歩行困難になった私。
歩けなくなってまだ半年しか経っていないので、「できること」「できないこと」の境界線がまだわかりません。

調子の良い日は、コンビニに行くぐらいは大丈夫だと思っていました。
しかし、油断した時が一番危険でした・・。

自宅から徒歩2~3分のコンビニに行った時に自転車と衝突してしまったのです。
当て逃げに近いような形で、激痛で動けなくなってしまったのです。

なんとか自宅に帰り着いてから、激痛と闘う日々が続いていました。
痛みのあまり、家の中さえ自由に動けない状態でした。

精神的にも余裕がなくなり、エネルギーが枯渇したような状態が続いていました。
やっと回復し、ある人に連絡を取った時のことです。

どうしてもわからないことがあって、メールで質問をしました。
お忙しい人なのに、私のごくごく基本的な質問に丁寧にこたえてくれました。
本当にありがたくて、感謝でいっぱいになりました。

私がびっくりしたのは、その人と電話で話した時のことです。
「力を貸してください!」と頼んだのは私で、実際に助けてもらったので、どう考えても「ありがとう」と言わなくてはいけない状況。

私の口からいつもなら出てくるはずの「ありがとうございます」というお礼の言葉がなぜか出てこなかったのです。

肉体的・精神的に疲れきっていたせいか、言葉も重く、余裕というものがありませんでした。いくら余裕がなくなっていたといえ・・。お世話になった人にお礼とお詫びすら、できなくなった自分に愕然としました。

慌ててメールでお礼を伝えたものの、その場ですぐに「ありがとうございます」といえませんでした。

お礼は「後で」と「その場」では重みが違うと、私は思います。
体調のよしあしにすぐ左右されて、基本的なマナーも忘れてしまう自分にがっかりしました。

私の友人たちは、思ったらすぐに「ありがとう」と口に出してくれる女性ばかりです。「ありがとう」という言葉は、すごく気持ちのよいものです。人間関係の潤滑油のような効果があると思います。

せっかく周りにいいお手本がたくさんいるのです。今度こそ体調に振り回されずに、お礼とお詫び。言うべき言葉はすぐに伝えようと思いました。

おバカな女心

危ないっ!!

頭ではそう思っても、身体が動かない。事故の後遺症で足に障害がある私。

自転車に乗ったおばあちゃんとぶつかってしまいました。私は20代女性。相手は「若い人だから避けてくれるだろう」と思っていたのでしょう。

ぶつかられた衝撃で、全身に激しい痛みが走りました。おばあちゃんは、何が起こったのかわからないようで、きょとんとした表情をしていました。

しかし、「ま、いいか」と小声でつぶやいて、走り去っていきました。文章にすると長くなるのですが、実際は一瞬の出来事でした。

おばあちゃんが走り去った後、痛みのあまり、道端でへたり込んでしまった私。大きなスーパーの出入口付近だったため、何人かが心配そうに、こちらを見ていました。

そのうち、ひとりの女性が「お姉ちゃん、大丈夫?救急車呼ぼうか?」と寄ってきてくれました。見知らぬ私に声をかけてくれた優しさにジーンときました。

痛みも激しくなっていきます。好意に甘えて、救急車を呼んでもらおうと思いました。ですが結局、私の口から出た言葉は「ありがとうございます、少し休めば治りますから、大丈夫です」でした。

理由は・・ほんとうにしょうもないこと・・。私はその時、すっぴんだったのです。

すっぴんを多少隠すためのマスクはしていましたが、眉毛も描かず、アイメイクもしていませんでした。激痛の最中、「すっぴんで救急車に乗れない!」と考えてしまったのです。

でも、冷静に考えてみると・・。病人なんだから、すっぴんで救急車に乗っても、別に構わない訳です。

なぜすっぴんで救急車に乗ることを、嫌がったのか、私自身びっくりしています。友人に話すと「ある意味、女子らしいとは言えるけど・・」と苦笑されてしまいました。

自分自身では、サバサバして、男っぽい性格だと思っていました。しかし、土壇場のひょんなことで表れた性格は、おバカ女子そのもの。
怪我より、すっぴんかどうかを大事にするなんて・・。実際、自転車とぶつかった後、1週間も寝たきり生活だったのです。

優しく声をかけてくれた通りすがりの人に甘えて、救急車を呼んでもらえばよかったのです。

やはり、健康はなにものにもかえがたいです。すっぴん気にして、救急車を呼ばなかった。なんてしょうもない女・・。私の人生の中でも最大のおバカエピソードかもしれません。

若い世代は言葉が痩せている

私たち、若い世代は言葉が痩せていると感じます。

私はかつて口頭の業務報告で「いい感じになってきています」と答えるくせがありました。
しかし、他の先輩方の報告を聞いて、なんと薄っぺらな言葉で伝えたのだろうと反省したのです。

例えば、「先日の会議での~さんの発言がみんなのモチベーションをあげたようです。スタッフの表情も明るく、現場の士気も高いです」と報告したら、論理的でわかりやすいのです。

「なんかいい感じ」でまとめていた自分が情けなくなりました。反省してからは、言葉を選んで、具体的に伝わるように努力してきました。

しかし、自分が必死で直してきた癖を、他人がしているのを聞くとなんともいえない気持ちになるものです。

一時、いわゆるギャル男が上司になったことがありました。ボキャブラリーが少ない人で「マジ?」「すげぇ」「ヤバくね?」の3つぐらいでした。

言葉を選んで、現場の報告をあげても反応が「ガチ、すげぇ」だけでは、どうしても力が抜けてしまいます。

言葉だけがフワフワ浮いていて、コミュニケーションを取ってもらった気分にならなかったのです。

案の定、言葉遣いがおかしいと、周りからもクレームが多発 していた上司だったのですが、私は責める気になれませんでした。かつての自分もそうだったからです。

上司は全ての現場を見ることができません。部下は現状を見つめ、理解して、言葉を媒介にして、的確に状況を伝えていかなければなりません。

現場で起こったことをシェアしないといけないのです。そのことを強く実感したのは、ある上司に出会ってからでした。

元ジュエリー販売の仕事に就いていたからか、言葉のボキャブラリーが豊富で、褒め上手な女性でした。
フワフワした言葉で、報告をあげると悲しそうな表情をするのです。怒るでもなく、責めるわけでもなく「あなたには、私の目と耳になってほしいの」とだけ言うのです。

最初は意味がわからなかったのですが、だんだん伝わってきました。私の貧困なボキャブラリーでは、感情を共有できなかったのです。

豊かな感受性を持った女性であった上司は、私の言葉を通して嬉しさや辛さを共有したかったのでしょう。具体的に、伝えることではじめてスタートラインに立てるのだと思います。

きちんと言葉にしないと、「よかったね!」「嬉しかったよね!」と感情や体験を共有できません。潤いある豊かな言葉が、いかに大切かを仕事から学びました。

思いやりをもった言動を。

社会福祉を学ぶ大学生だった頃、大失敗をしたことがあります。アルバイト先の病院で、20年間も慢性疾患を抱えている40代男性の患者さんに出会ったときのことです。

その患者さんは、単なるアルバイト学生に過ぎない私にも、気さくに話かけてくれる人でした。ある日、彼が「明日、同窓会に行く」とぽつんと話してくれました。

私はなぜ彼のさみしそうな表情や、暗い口調に気がつかなかったのでしょう。同窓会は楽しいものという自分の尺度しか、物事を計れなかったのです。

安易に「わぁー!同窓会ですか、楽しんできてくださいね!」と言ってしまったのです。同窓会に参加した翌日、彼がひどく落ち込んで自殺を図ったことを知りました。

上司に「楽しい同窓会の後になんで自殺なんか?」と聞くと、「あなたは自分の尺度でしか考えてないのね!『同窓会=楽しい』というイメージは、貴方の尺度に過ぎない」と怒られてしまいました。

彼が自殺を図った理由は、「同世代の友人と自分を比較して、自分はなんて惨めなのか」と思ったからだったのです。同窓会で家庭を持ち、仕事で役職に就いている友人たちとの再会。それは彼にとってとても辛い出来事だったのです。

老親の年金収入で暮らしている自分との差を見せつけられ、「自分なんか生きていても仕
方ない」と思い詰めてしまったのです。

私は自分の言動の浅はかさ、人の境遇を想像する力がなかったことを思い知らされました。
上司からも「年賀状と同窓会」に注意するよう、こっぴどく叱られました。

人は誰しも、思い描く未来があります。何歳で結婚して、子供ができて・・など。病気は描いてきた未来図をずたずたに壊してしまうのです。

昔は同じスタートラインに立っていた同級生がどんどん前に進んでいくことに、嫉妬してしまうのです。学生だった私は、患者である彼のこころに、未熟な私は気がつくことができませんでした。

病気や障害を受け入れるのは、簡単なようでいて難しいものです。病気や障害によって、世の中のスタンダードな人生から外れてしまうからです。

闘病というでこぼこ道を歩くのは辛く、すべてを投げ出したくなるものです。医者や看護師、家族はでこぼこ道を必死に歩んでいる人の、よき理解者であることがベストです。

言葉ひとつが、闘病している患者の支えにもなり、絶望を生んだりします。患者さんのこころを知り、きっとこんな気持ちだろうと類推する力が医療関係者には求められていると思います。

私は今、事故の後遺症により、下半身が不自由な患者の立場です。学生時代に出会った患者さんの気持ちが痛いほどわかります。

患者の立場では出来ること・出会う人さえ少ないですが、人と話すときは相手の立場に立った言動を心がけていきたいと思います。

韓流ブーム、両国の関係作りに貢献を

冬のソナタブーム以降、日本は空前の韓国ブームです。韓国料理だけではなく、少女時代など韓国出身のグループもCMなどで目にする機会が増えました。
しかし、嫌韓派の人々も存在します。人それぞれの思想や信条はあると思いますが、インターネットの書き込みを見る度、悲しくなります。

私は、親友が韓国人だからです。家族ぐるみの10年来の付き合いで、姉妹に近いかもしれません。
今でも互いの家を行き来するので冷蔵庫には彼女専用のキムチが常備されています。私の韓国語勉強のため、親友お手製のハングル早見表がトイレに貼られています。

日本人の友人のなかには、韓国人に影響されすぎだと心配する人もいます。けれど、私は、親友が韓国人である以上、生まれ育った文化や言葉を知りたいと思ってしまうのです。もともと私は嫌韓派だったからこそ、余計に学びたいと思うのだと思います。

そもそも、親友との出会いは喧嘩からでした。私は当時、軍人だった祖父の影響から、韓国にいい印象がありませんでした。
決して言葉には出しませんでしたが、「韓国人がキライ」と態度が伝わってきたそうです。親友も最初は「韓国人だからって、差別して」と私のことが、好きではなかったそうです。

互いに対して「なんとなく好きじゃない」という日々が続いた後、ささいなことで口論になりました。私は覚えてないのですが、「なんとなく韓国人が好きじゃない」とはっきりと言われたとのこと。
親友いわく、曖昧に言葉を濁す日本人からはっきり言われたことが、逆に嬉しかったそうです。それからは、毎日のように遊ぶ仲になりました。

私も「なんとなく」の韓国嫌いを崩したくて、文化や言葉に触れてきたのだと思います。プチ国際交流が続いています。
韓国人と日本人、国籍の違いはあります。育ってきた環境も違います。「韓国人」「日本人」という区別はするけど、差別はしたくないのです。

言葉は学んでいく過程で、その国の文化に触れることができます。インターネットで必ず書き込みがある嫌韓派からの言葉。
昔の私のように「なんとなく嫌い」ではもったいないと思います。お隣の国である韓国。せっかく近くにいるのですから、仲良くしないと!いうのはきれいごとなのでしょうか。
せっかくの韓流ブーム、両国の友好的な関係作りにも貢献してほしいものです。

可能性を広げてくれる、15分のこまぎれ時間

15分という時間単位でものを計るという時間管理術を聞いたのは、OL時代。
15分という時間単位で仕事を組み立てていくとうまくいくという先輩のアドバイスからでした。

当時は先輩の言っている意味がわかりませんでした。
しかし、細切れ時間を使って、家事をしなければならない今、先輩の話がよくわかります。

洗濯物を干して、ベランダの簡単な掃き掃除して、約15分。
部屋の雑巾がけ、1部屋15分。
近くの銀行に振込みに行く、約15分。

時間を計ってみると、15分でできることがこんなにあるんだ!とびっくり。
15分の大切さを知ってからというもの、自己流の15分時間管理術をはじめました。

今日やらないといけないことをリストアップします。
次に、15分でできること・できないことに仕分けていきます。
15分以上かかるものを、優先順位を決めてからタイムスケジュールにはめこみます。
隙間に15分でできることを、組み合わせていきました。

時間管理が苦手な私でも、パズルと思えば楽しいものです。
今までは、やらなきゃいけないことを家族が帰るまでに済ますだけで、精一杯。
いつも締め切りギリギリで失敗が多かった私ですが、時間に余裕をもって行動できるようになりました。

いつも慌てて行動するくせで、私はとんでもない失敗をしたことがあります。
慌てて洗濯物を取り入れた時に、ベランダで転んでしまったのです。
事故の後遺症で痛めた部分を強打し、2週間の入院を余儀なくされたのです。

入院費や心理的なショック、大きな代償を払ってしまいました。
自分の性格を変えて、もっとゆったりと行動しなければと感じました。
思えば、時間管理を始めたのもこの頃からだったようです。

時間管理をはじめてから、ゆったり動くようになりました。
見切り発車で行動し、後先考えない性格も、少しは改善されてきたように感じます。

時間をうまく使えるようになって、思わぬ効果がありました。
スキルアップの時間を持てるようになったのです。

ずっとしたかったけど、長い間できていなかった英語の勉強です。
ラジオの語学番組は、ちょうど15分単位なので、すきま時間にぴったりなのです。
時間を上手に使えるようになれば、自分自身の可能性も広がると思いました。

時は金なり、時間は有限です。
限りある時間を上手に使って、今よりもっと素敵な自分になりたいです。

物事は変わり続け、時代が何千年という悠久の時を重ねても。

家の前にある田んぼで、田植えが始まりました。決して田舎に住んでいるわけではなく、住宅地に住んでいる私。
住宅地の中にぽっかりと田んぼがあるのも、面白いものです。5分でも歩けば、コンビニエンスストアが3軒もあり、人々は「現代の」生活を送っています。

田んぼの中からはケロケロとかえるの声が聞こえます。
近所子どもたちは虫取り網を持って、かえるを取ろうと必死になっています。
小さい頃、山に囲まれた地域で生活をしていた私にとって、この光景は郷里の山々を思い起こさせます。

「あの時はよかった」どの世代でも口にする言葉です。

言葉の奥には、急激な時代の流れを悲しむ思いが秘められています。
バブル時代を謳歌した人は、いまだにバブルを忘れられないといいます。
戦後の高度成長期を謳歌した人は、日本の景気がうなぎのぼりだった時代を懐かしく感じています。

懐かしのヒットソングを愛好する人たちが多いのも、自分にとって幸せだった時代を思い起こしたいからではないでしょうか。

「国破れて山河あり。城春にして、草木深し」と中国の詩人、杜甫は詠みました。
唐が戦争で崩壊してしまった。荒れ放題に荒れてしまったが、山や河は変わらず美しい。

現代を生きる人にとって、荒れているのは、都ではなく、自分の心かもしれません。
田畑で苗を植える人々の姿は、郷里を思い出させ、窓辺に座ってほほに感じる風はいつもやさしいのです。
私は、何もわずらうことなかった幼少期にかけまわった野山を思い出します。

目の前にいつ人間がどんな人間であろうが、風や遠くに見える山は決して変わりません。
人間は山を削り、海に人工的に陸地を作る時代になりました。
しかし、自然に人間が敵う日など来ないのではないか、と思います。

物事は変わり続け、時代は何千年という悠久の時を重ねました。
しかし、太陽は休むことなく動き続けています。天気が悪くなれば、雨が降ります。豊かな恵みを大地と人に与えてくれます。

人間が好き勝手に扱っているように思っている大地は、なんの前触れもなく動きます。
東日本大震災のような古今未曾有の大災害を起こすのです。

「天地に仁なし、万物を以て芻狗(すうく:わらで作った犬の模型)となす。」と老子はいいました。
天地に優しさなどない、万物をわらで作った人形のように、むげに扱うのだという意味です。

老子が生きていた時代から、自然は人の思い通りにならなかったのでしょう。
恵みを与えれば、災いを与える存在なもを、まったく変わりません。
好き勝手にころころ動く人間の心情とは違い、なにひとつ変わらない自然に心を動かされた一日でした。

生活保護受給者をひとくくりにしないで!

有名タレントの母親が、生活保護を受給していることが問題になりました。
1000万以上の収入を得ているにもかかわらず、母親は生活保護を受給していたためです。

わかりやすいニュースでなので、週刊誌をにぎわしています。
話題のネタにもされやすく、批判的な声が大半です。
「だから生活保護受けている人ってダメなのよ」「私たちはまじめに働いているのに・・」

タレントの取った行動のいい・悪いは別にして「生活保護受給者」をひとくくりにして考えるのは、疑問を感じます。
社会福祉士として働いていた私。社会福祉士として、生活保護を受けている人をサポートしていました。

社会福祉士は生活上の問題をサポートする「よろず相談所」のような役割を担っています。
私が大切にしてきた3 つのポイントを紹介しながら、「生活保護受給者の現実」を語っていきたいと思います。

(1)育った家庭環境
幸せな家庭で何不自由なく育った人はあまりいませんでした。アルコール依存症の父親がいる家庭で育ち、日常的な暴力にさらされている人。
早くに両親を失い、親戚中をたらい回しにされた人。

それぞれが壮絶な過去を持ち、複雑な家庭で育っていました。
心に深い傷を負い、心の病にかかっていることもありました。社会福祉士は人をサポートする仕事です。
人となりを知るためには、家庭環境を知ることは欠かせませんでした。

(2)「世間様に申し訳ない」という心をほぐしていくこと 
生活保護受給者の多くが、65歳以上の高齢者です。戦争を経験しているためか、「働かなければ食うべからず」という考えの人が多いのです。
高齢の上、病気のために働けない。このままでは生活苦で自殺すら考えてしまいます。

だからこそ、最後の砦であるセーフティネット、生活保護を受給しているのです。
しかし、「働いてない私が国のお世話になって、世間様に顔向けできない」と嘆く人がいます。
そのことが気になって頭から離れず、うつ状態になる人もいます。

社会福祉士は「あなたはそのままでいいんですよ」と相手を受け入れることが大切です。
気持ちは鏡のように相手にそのままうつってしまうもの。
「申し訳ないという気持ちは消えないけれど、だからこそリハビリがんばるわ」と気持ちが前向きになってくれたら、めっけもの。
心の中でガッツポーズをする瞬間です。

(3)「はじめの一歩」をサポートする 
生活保護受給者のなかには、ギャンブル依存・アルコール依存の人もいます。
実際、保護費をギャンブルに使ってしまう人もいます。
「国民の血税をなんだと思っている!」と世間の批判を浴びがちです。

しかし、ギャンブル依存の裏には心の病が隠れていることがあります。
長年の習慣になった悪い行動パターンを軌道修正していくことも、社会福祉士の大切な役目なのです。

私が支援した人に、こんな例がありました。
統合失調症という幻聴が聞こえる心の病を抱えていた男性。
ギャンブル依存がひどく、保護費が出たらギャンブルに使ってしまう人でした。

支援者チームとその男性、だんだん信頼関係ができていくうちに、ある変化が訪れました。
「引越ししたい」という夢が出てきたのです。
詳しくは書けませんが、症状や近隣との関係を見ると「引越し」は本人の状態を好転させる可能性が大でした。

もちろん受給者が「引越したい」といったからといって、全て受け入れるわけではありません。
支援チームで応援したところ、「俺はまっとうになる!」大好きな競艇場の前に行くだけで、中に入らない。
脱ギャンブル宣言をしてくれたのです。

引越し費用を貯めると、家計簿までつける変化に、嬉しいやら、びっくりするやら・・。
脱・ギャンブルの「はじめの一歩」をサポートすることができました。

生活保護受給者といっても、状況はひとそれぞれ。
ひとくくりにせず、「不正受給者もいるかもしれないが、全員はそうとは言い切れない、人はそれなりの事情がある」と考えてみてください。

時間が過ぎれば過ぎる程。

最近愛犬の内2匹がとても似ている事に気付きました。
似ていると言っても、元々2匹は兄弟犬なのです。

しかし2匹の内弟の方は体も弱く、とても痩せているのです。
更に皮膚も弱い為見た目だけだと少し汚いのが目立ちます。

兄の方はと言うと…まるでその正反対の見た目だと思います。
体は丈夫なのでよく食べる事から、ぷっくりとしています。

毛艶も良くいつも元気に走り回っているのです。

どこからどう見ても似ていない兄弟犬だと思っていました(^^;)

しかし先日愛犬達をトリマーに出す事になりました。
そろそろ毛も伸びていましたし、何より毛の汚れが目立っていたからです。

私の家にはあともう1匹愛犬が居る為、合計で3匹です。
3匹全員をペットサロンまで連れて行くとなると…。
かなり大変な作業になってしまいます。

ペットサロンの方は知り合いな為、その事を配慮してくれていつも愛犬達を送り迎えしてくれます。

愛犬達がペットサロンへ出かけた後は、いつも静かになった部屋でくつろいででいます♪

それから3時間程経った後、愛犬達は皆帰って来ました。
長くなっていた毛もさっぱりと切ってもらい、とても良い匂いがしていました。

私の愛犬達の犬種は全てシーズーなのですが…。
シーズーも毛を全て切ってしまうと、一体何の犬種なのか判らなくなってしまいます。

たまに見る角度によってはパグに見えてしまう事もあります。

毛をさっぱりと切ってもらった愛犬達は、気持ちよさそうに自分の各お気に入りのスペースに歩いて行きました。

私の愛犬達はなぜかいつも自分の陣地を作っているのです。
1匹はソファーの上、もう1匹は冷蔵庫の前など…。
とにかくそこに入れば誰が誰かスグに判断する事が出来るのです。

先日もやっぱり皆自分のお気に入りスペースで寝ていました。
私は兄弟犬の内元気な兄が大のお気に入りのです♪
何と言っても一番人懐っこいからです。

いつもソファーの上でゴロゴロしている兄犬を撫でてあげようとすると…。

いつもとは違いなぜか嫌がられてしまいました。
「そんな事は今まで無かったのに」と思い再チャレンジしていると…。
横から「くぅん」と言う声が聞こえて来ました。

横を見ると私のスグ隣に兄弟犬の兄が鳴いているのです(^^;)
もちろん目の前に目線を戻すと、そこに寝ていたのは弟犬の方でした。

毛を切ってしまうと意外と似ているのだとこの時初めて気付きました。
兄弟犬はもうかなりの歳ですが、時間が過ぎれば過ぎれば似てくるのでしょうね。

気になる!世界の美味しい料理TOP10

アメーバニュースに私を惹き付ける記事がありました。
「あなたは食べたことある?世界の「おいしい料理」トップ10」って、正に私の為にあるような記事です(笑)。

海外旅行は南国ばかりを選んできたので料理に縁はありません。
でも、都内には各国の料理屋さんがあるので、気になったお店はチャレンジすることが多いです。
どんな料理が並んでいるのでしょうね~?

10位:レバノン料理
いきなり縁遠い国がTOP10入りしてました。
地中海周辺の食材と野菜だから意外と好きな料理かも!
香り豊かということはやはり香辛料が沢山使われているんでしょうね。
動物性脂肪少なめということなので、女性にピッタリの料理に出会えるかもしれません。

9位:ギリシャ料理
ギリシャは色々な意味で今話題の国ですね。
以前、新婚旅行にギリシャを選んだ人がいたのですが、ものすごく素敵なところだと話していました。
料理も美味しかったって。
機会があれば食べてみたいですね。
トルコやイタリアの影響を受けているとのことなので、食べられるのではないかと思います。

8位:スペイン料理
スペイン料理はよく食べに行きます。
いわし漬けが大好きです。
マニアック過ぎますかね?
シーフードが好きなのでどれもイケます。

7位:日本料理
日本料理が7位ですか!
ちょっと悲しいです。
だって、一番美味しいのは日本料理だから。
最後の晩餐があるとしたら、絶対にお寿司です(笑)。
意外と白いご飯とお味噌汁を選ぶかもしれませんが…。

6位:メキシコ料理
メキシコ料理と言えばタコスしか思い浮かばないのですが、意外にもスペイン料理が入り込んでいるんですね!
焼き菓子はフランス料理の影響もあるそうです。
意外でした。

5位:タイ料理
私は大好きなんですが、これって好みが分かれますよね?
食べたいと思ってもそう簡単に食べられない料理の一つでもあります。

4位:インド料理
インドを2ヶ月近くバックパッカーとして旅をしたことがある旦那曰く、日本のインドカレーは偏り過ぎているのだそうです。
もっと種類は豊富で、毎日食べても飽きないそうですよ!
そう言われると食べてみたくなりますが、絶対にお腹を壊すことでしょう。

3位:中華料理
THE大皿料理ですね。
嫌いな人とは絶対に行けない料理店でもあります。
少食な旦那と行くと苦しいので、女友達とシェアしながら食べるのが好きです。

2位:イタリア料理
日本人も大好きなイタリア料理ですが、私は本場のイタリア料理を知りません。
イタリア好きの人によると、日本のイタリア料理店の量は少ないそうです。
アンティパストでお腹いっぱいになる量だとか。
大食いの私は気になりますが、しつこそうですよね?

1位:フランス料理
実はそんなに好きではないフランス料理です。
食べることは食べますが、ワインありきなところもありますからね。
飲めない私には楽しみが半減してしまうのです。
間が持たないし。
美味しいとは思うんですが、年に1,2回行ければ十分です。

何はともあれ、実際に出向いて食べてみたいものです。
食べず嫌いは嫌なので。

羨ましき若さ

あはは、こんなことになってます。

子どもって純粋にバカですよねー。
あ、もちろんコレは我が子です。
流石によその子をつかまえて「バカ」とは言いません。

食後にちょっと物足りなくてプリッツを食べていたところ。
「見て!見て!あいたたた・・・」と振り向いた息子の顔がこうなっていました。
私もやったなぁ~・・・
え!?小学生なら女子でも誰でもやりましたよね!?

それはさておき。
小学生の頭は本当にスポンジです。
いろいろ刺激に反応し、興味のあることもないことも容易に吸収します。
大人でも勉強すれば吸収はしますが、早さも容量も大きく違います。
きっと刺激を求めているのでしょうね、無意識に将来を模索中といいましょうか・・・

今週末は息子の予定が何個も重なりました。
小学校の課外教室「宇宙くらぶ」、スイミング主催の水泳大会の夜練習、それから主人の会社の現場見学会(マンションの建築現場)、ロボット教室の体験。
どれも息子が自ら手をあげて参加希望したものです。
そしてこれが見事に数時間おきにスケジュールが調整できまして。
きっと彼にとっては濃い週末となるでしょうね(*^_^*)

あぁ、息子を見ていると自分が同年代の頃を思い出します。
つい昨日のことのように・・・
きっと今の記憶のいくつかは彼の記憶に永遠に残るものになるでしょうね。
そんな大切を過ごしている息子、あぁ羨ましい。その若さ(笑)

年老いた父と母に出来るのは、あなたの興味と刺激を支えること。
そう思い、今週末は息子のサポートを頑張ろうと思っている私たち夫婦なのでした。

風邪を引いた時に取る行動

マイナビニュースの「風邪ひいたかも、というときにやっている効果的なことランキング」が興味深く見てしまいました。
なんと、男女共に同じ結果でした。
やる事はみんな同じなんですね~(笑)。

男女共にダントツだったのが「よく寝る」でした。
これは必須ですね。
私も危険かもしれないと思ったら、悪化する前に寝てしまいます。
一昨日、熱があったので即座に寝ました。
体力回復して温かいものを食べてまた寝る。
これが一番回復力が早いように思います。

次に多かったのが「市販の風邪薬を飲んでしまう」でした。
これは20代の頃によくやっていました。
病院嫌いだし、手っ取り早く治せた感じがするし。
でも、これって意外と治らないのをご存知ですか?
風邪の症状に合ったものを服用しないと悪化させることも多いので気を付けてくださいね!
私は2週間近く治らないにもかかわらず飲み続けたことがあります。
非常に無駄なお金が出て行きました。

次は「栄養ドリンクを飲む」でした。
う~ん、これはやったことがないですが効果あるのでしょうか?
確かに栄養は必要ですけどね。

次も同じ感じです。
「ビタミンCを摂取」でした。
ビタミンCは確かに効果がありますが、確実ではないので気を付けてくださいね!
なんと言っても風邪は馬鹿に出来ません。
気の持ちようが一番通じない病気です。

次は「病院に行ってしまう」でした。
最近の私はこれです。
一番良い治療法を提案してくれます。
風邪の症状に合った薬を処方してくれます。
よって、一番早く治ります。

しかし、風邪と断定出来ない時は昔ながらの方法を取ります。
ちょっと寒気がするとか関節の痛みがある時はしょうが湯を飲んで温まります。
これで結構悪化させずに済んでいることが多いです。
確実ではないですが…。